銀行融資で重要視される「債務償還年数」について、自社の数値が適正か不安に思っていませんか?この記事では、債務償還年数の意味や決算書を使った計算方法、金融機関が評価する水準を解説します。結論として、企業の返済能力を示すこの指標は10年以内が安全圏の目安です。年数を短縮し、融資審査を有利に進めるための具体的な改善ポイントもわかるため、経営改善のヒントが得られます。
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債務償還年数とは?銀行が融資で重視する企業の返済能力
会社の経営者や財務担当者であれば、「債務償還年数」という言葉を一度は耳にしたことがあるかもしれません。これは、会社の財務状況の健全性を示す非常に重要な指標です。特に、銀行などの金融機関から融資を受ける際には、必ずと言っていいほどチェックされる項目であり、その数値次第で融資の可否や条件が大きく変わることもあります。
この章では、まず債務償還年数が具体的に何を意味するのか、そしてなぜ銀行がこれほどまでにこの指標を重視するのかについて、基本から分かりやすく解説していきます。
会社の借金返済能力を示す重要な財務指標
債務償還年数とは、会社が抱える借入金(有利子負債)のすべてを、現在の事業活動で生み出す現金(キャッシュフロー)で返済し終えるまでに、何年かかるかを示す指標です。簡単に言えば、「会社の借金返済マラソンで、ゴールまで何年かかるか」を示すタイムのようなものとイメージすると分かりやすいでしょう。
この年数が短ければ短いほど、会社の収益力に対して借入金の額が少なく、返済能力が高い「財務的に健全な企業」と評価されます。逆に、この年数が長くなるほど、返済の負担が重く、資金繰りが厳しい状態にあると見なされます。
損益計算書(P/L)で利益が出ていても、多額の借入金を抱えていれば、その返済によって手元の現金はどんどん減っていきます。債務償還年数は、こうした利益の額だけでは見えない「本当の返済能力」を測るためのものさしなのです。
なぜ銀行は融資審査で債務償還年数をチェックするのか
銀行が企業に融資を行う際、最も気にするのは「貸したお金が、利息とともにきちんと返ってくるか」という点です。つまり、企業の返済能力を正確に見極めることが、銀行にとって最大の関心事となります。
その返済能力を客観的に、かつ数字で評価するために、債務償還年数は極めて有効な指標として活用されています。銀行は、決算書の利益の数字だけでなく、実際に返済の原資となるキャッシュフローと借入金のバランスをシビアに見ています。
具体的に、銀行は債務償還年数から以下のような点を読み取り、融資判断の材料にしています。
銀行の視点 | 債務償還年数から読み取ること |
---|---|
債権の安全性 | 貸付金が計画通りに回収できる可能性は高いか。返済能力は十分にあるか。 |
企業の成長性・余力 | 現在の借入を返済しつつ、さらなる追加融資を受けて事業を拡大させる余力があるか。 |
経営の安定性(リスク) | 将来、業績が悪化した場合でも返済を継続できるか。資金繰りが悪化し、倒産に至るリスクはどの程度か。 |
このように、債務償還年数は企業の「体力」を示すバロメーターであり、銀行にとっては融資のリスクを測るための重要な判断基準となります。この数値が良好であれば、銀行からの信頼を得やすくなり、円滑な資金調達につながるのです。
債務償還年数の計算方法【初心者でもわかる計算式】
債務償還年数は、企業の財務健全性を測る上で極めて重要な指標です。この数値が良好であれば、金融機関からの信頼を得やすくなり、円滑な資金調達につながります。ここでは、初心者の方でも決算書さえあれば簡単に計算できるよう、計算式と各項目の意味を詳しく解説します。
基本的な計算式を解説
債務償還年数を算出するための基本的な計算式は以下の通りです。この式を理解することが、自社の返済能力を客観的に把握する第一歩となります。
債務償還年数 = (有利子負債 − 正常運転資金) ÷ 簡易キャッシュフロー
この計算式は、企業が抱える実質的な借入金(有利子負債から正常運転資金を引いたもの)を、1年間で生み出す返済原資(簡易キャッシュフロー)で何年かければ完済できるかを示しています。金融機関によっては、正常運転資金を考慮せず、単純に「有利子負債 ÷ 簡易キャッシュフロー」で計算する場合もありますが、より事業の実態に即した評価を行う際には上記の式が用いられるのが一般的です。
それでは、式の分子(有利子負債、正常運転資金)と分母(簡易キャッシュフロー)がそれぞれ何を指しているのか、詳しく見ていきましょう。
分子に来る有利子負債と正常運転資金とは
計算式の分子は「有利子負債 − 正常運転資金」であり、これは企業が実質的に返済すべき借入金の額を示します。
有利子負債
有利子負債とは、その名の通り「利子を付けて返済しなければならない負債」の総額です。具体的には、貸借対照表(B/S)の負債の部に記載されている以下の項目を合計して算出します。
- 短期借入金
- 長期借入金
- 社債
- 割引手形
- コマーシャルペーパー(CP)
役員や株主からの借入金(役員借入金など)は、返済を急がれることが少ないため通常は含めませんが、返済計画がある場合は有利子負債に含めて計算することもあります。
正常運転資金
正常運転資金とは、企業が事業を継続していく上で、常に必要となる立替資金のことです。商品を仕入れてから販売し、その代金を回収するまでにはタイムラグが生じます。この間に発生する資金需要を賄うのが運転資金です。
正常運転資金は、以下の計算式で算出します。
正常運転資金 = 売上債権 (受取手形 + 売掛金) + 棚卸資産 − 仕入債務 (支払手形 + 買掛金)
これらの項目は、すべて貸借対照表(B/S)から確認できます。
なぜ有利子負債から正常運転資金を差し引くのでしょうか。それは、正常運転資金は事業を続けている限り常に回収と支払いが繰り返されるため、実質的には返済する必要のない資金と見なされるからです。そのため、有利子負債の総額からこの正常運転資金を差し引くことで、より現実に即した「返済すべき借入金」の額を把握できるのです。
分母に来る簡易キャッシュフロー(経常利益+減価償却費)とは
計算式の分母である「簡易キャッシュフロー」は、企業が借入金を返済するために充てることができる、1年間のキャッシュ(現金)の創出能力を示します。
簡易キャッシュフロー = 経常利益 + 減価償却費
これらの項目は、損益計算書(P/L)や製造原価報告書などから確認できます。
経常利益
経常利益は、企業が本業で得た利益(営業利益)に、本業以外で経常的に発生する収益(受取利息や配当金など)と費用(支払利息など)を加減したものです。企業の総合的な収益力を示す利益であり、返済原資の基本となります。
減価償却費
減価償却費は、建物や機械設備などの固定資産の取得費用を、その耐用年数にわたって分割して費用計上する会計上の処理です。重要なのは、減価償却費は帳簿上の費用であり、実際に現金が社外へ流出するわけではない(非現金支出費用)という点です。そのため、税引前の利益である経常利益に減価償却費を足し戻すことで、より実際に手元に残るキャッシュに近い金額を算出できるのです。
本来、キャッシュフローはキャッシュフロー計算書を用いて正確に把握しますが、中小企業の多くは作成義務がないため、この「経常利益+減価償却費」という簡易的な計算式が銀行融資の審査などで広く用いられています。
【シミュレーション】決算書の項目で債務償還年数を計算してみよう
それでは、具体的な数値を当てはめて債務償還年数を計算してみましょう。以下のような決算内容のA社の例でシミュレーションします。
A社の決算書(抜粋)
資産の部 | 負債の部 | ||
---|---|---|---|
受取手形 | 1,000万円 | 支払手形 | 800万円 |
売掛金 | 2,000万円 | 買掛金 | 1,700万円 |
棚卸資産 | 1,500万円 | 短期借入金 | 3,000万円 |
長期借入金 | 5,000万円 |
勘定科目 | 金額 |
---|---|
経常利益 | 1,200万円 |
減価償却費 | 300万円 |
計算ステップ
上記の決算書を基に、3つのステップで債務償還年数を計算します。
-
ステップ1:有利子負債を計算する
貸借対照表から短期借入金と長期借入金を合計します。
3,000万円 (短期借入金) + 5,000万円 (長期借入金) = 8,000万円 -
ステップ2:正常運転資金を計算する
売上債権(受取手形+売掛金)と棚卸資産から、仕入債務(支払手形+買掛金)を差し引きます。
(1,000万円 + 2,000万円) + 1,500万円 – (800万円 + 1,700万円) = 4,500万円 – 2,500万円 = 2,000万円 -
ステップ3:簡易キャッシュフローを計算する
損益計算書から経常利益と減価償却費を合計します。
1,200万円 (経常利益) + 300万円 (減価償却費) = 1,500万円
計算結果
最後に、ステップ1〜3で算出した数値を債務償還年数の計算式に当てはめます。
(8,000万円 − 2,000万円) ÷ 1,500万円 = 6,000万円 ÷ 1,500万円 = 4年
このシミュレーションの結果、A社の債務償還年数は4年となりました。この数値は、次の章で解説する「適正水準」から見ても非常に健全であり、銀行から高い返済能力があると評価される可能性が高いでしょう。
このように、決算書があれば自社の債務償還年数を簡単に把握することができます。ぜひ一度、自社の決算書で計算してみてください。
債務償還年数の適正水準は10年以内が目安
債務償還年数を計算したものの、その年数が「良い」のか「悪い」のか分からなければ意味がありません。金融機関からの評価や一般的な経営状況を判断する上で、債務償還年数の適正水準を知ることは極めて重要です。
結論から言うと、一般的に債務償還年数は10年以内が健全性の目安とされています。これは、多くの金融機関が融資審査の際に用いる一つの基準であり、この年数を超えると評価が厳しくなる傾向にあります。ただし、これはあくまで一般的な指標であり、企業の成長ステージや業種によって許容範囲は変動します。以下で、金融機関の評価基準と業種別の平均値について詳しく解説します。
金融機関が評価する年数の目安
銀行などの金融機関は、融資先の返済能力を客観的に評価するため、債務償還年数を重要な指標として用います。年数に応じて企業の財務健全性をランク付けし、融資の可否や条件を決定します。ここでは、一般的な評価の目安を3つの水準に分けて解説します。
債務償還年数 | 評価 | 金融機関の見方・対応 |
---|---|---|
10年以内 | 安全圏 | 返済能力が高く、財務状況は健全と評価されます。新規融資や追加融資の審査に通りやすく、金利などの条件面でも有利になる可能性が高いです。 |
10年超~15年以内 | 要注意 | 返済負担が重いと見なされ始め、金融機関からの見方が慎重になります。融資審査では、事業計画の妥当性や今後の収益改善策について詳細な説明を求められることがあります。 |
15年超 | 危険水域 | キャッシュフローに対して有利子負債が過大であり、倒産リスクが高いと判断されます。15年を超えると、金融機関からは「実質的な返済不能」と見なされる可能性が非常に高くなり、新規融資は極めて困難になります。 |
10年以内は安全圏
債務償還年数が10年以内であれば、金融機関からは「返済能力に問題なし」と評価されることがほとんどです。これは、事業から生み出すキャッシュフローで、10年以内にすべての有利子負債を返済できる計算になるためです。経営が安定している証拠と見なされ、企業の信用力は高まります。そのため、設備投資や事業拡大のための新規融資も積極的に検討されやすくなるでしょう。
10年超から15年以内は要注意
債務償還年数が10年を超えてくると、金融機関は警戒感を持ち始めます。キャッシュフローに対して借入金の割合が大きい状態であり、「債務がやや過剰である」と判断される水準です。この段階では、すぐに融資がストップするわけではありませんが、融資審査のハードルは上がります。なぜ債務償還年数が長引いているのか、その原因と具体的な改善策を示さなければ、希望通りの融資を受けるのは難しくなるでしょう。
15年超は危険水域
債務償還年数が15年を超えている場合、財務状況は非常に厳しいと言わざるを得ません。これは、稼ぐ力に対して借金が多すぎる「過剰債務」の状態であり、返済が滞るリスク、ひいては倒産リスクが非常に高いと見なされます。この水準では、金融機関からの新規融資はほぼ不可能であり、既存の借入金の返済条件緩和(リスケジュール)を検討すべき段階です。早急な経営改善が求められます。
業種によって異なる債務償還年数の平均値
これまで「10年以内」が目安だと解説してきましたが、これは全ての業種に当てはまる絶対的な基準ではありません。多額の設備投資が必要な業種と、そうでない業種とでは、適正とされる債務償還年数の水準が異なります。
例えば、工場や大型機械などの設備投資が不可欠な製造業や建設業では、初期投資が大きくなるため、借入金も高額になりがちです。その結果、債務償還年数は長期化する傾向にあります。一方で、ITサービス業やコンサルティング業のように、大きな設備を必要としない業種では、債務償還年数は短くなるのが一般的です。
自社の年数が適正かどうかをより正確に判断するためには、同業他社の平均値と比較することが有効です。参考として、TKC全国会が公表している経営指標(BAST)から、いくつかの業種の平均値を見てみましょう。
業種 | 平均債務償還年数 |
---|---|
建設業 | 9.1年 |
製造業 | 9.6年 |
卸売業 | 9.8年 |
小売業 | 8.8年 |
宿泊業、飲食サービス業 | 11.3年 |
運輸業、郵便業 | 8.5年 |
情報通信業 | 6.1年 |
(出典:TKC経営指標(BAST)のデータを基に作成)
このように、業種によって平均値にはばらつきがあることが分かります。自社の債務償還年数を評価する際は、まず「10年」という一般的な目安と比較し、次いで自社が属する業種の平均値と照らし合わせることで、より客観的かつ正確な財務状況の把握が可能になります。
債務償還年数が長いと銀行融資で不利になる?経営上のデメリット
債務償還年数は、単なる決算書上の一指標ではありません。この年数が長いということは、企業の財務体質が脆弱であることを意味し、金融機関からの評価に直接影響します。その結果、資金調達や日々の経営活動において、様々なデメリットが生じる可能性があります。ここでは、債務償還年数が長いことによって引き起こされる具体的な3つの経営上のデメリットを詳しく解説します。
新規融資が受けにくくなる
金融機関が融資審査で最も重視するのは、「貸したお金が、利息を含めて計画通りに返済されるか」という点です。債務償還年数が長い企業は、「現在の利益水準では、既存の借入金を返すだけで手一杯で、新たな返済余力がない」と判断されがちです。
具体的には、以下のような状況に陥るリスクが高まります。
- 追加融資の否決:事業拡大のための設備投資や、運転資金の不足を補うための追加融資を申し込んでも、返済能力への懸念から審査に通らない可能性が高くなります。
- 過剰債務の認定:銀行から「過剰債務」の状態にあると見なされると、新規融資は原則としてストップします。これは、新たな融資が企業の延命にしかならず、最終的に不良債権化するリスクが高いと考えられるためです。
- 前向きな投資ができない:たとえ将来性のある事業計画があっても、財務状況がボトルネックとなり、成長の機会を逃してしまうことにつながります。プロパー融資(銀行が直接リスクを負う融資)はもちろん、信用保証協会の保証付き融資ですら、審査が厳格化される傾向にあります。
このように、債務償還年数が長い状態を放置することは、企業の成長可能性そのものを阻害する大きな要因となるのです。
金利などの融資条件が悪化する
もし新規融資を受けられたとしても、債務償還年数が長い企業は、好条件での借入が難しくなります。銀行は、貸し倒れリスクの高さに応じて融資条件を決定するため、財務内容が悪い企業に対しては、より厳しい条件を提示せざるを得ないのです。
融資条件が悪化する具体的な例を下の表にまとめました。
項目 | 悪化する内容 |
---|---|
金利 | 貸し倒れリスクを補うための「リスクプレミアム」が上乗せされ、通常よりも高い金利が適用されます。金利が上がれば毎月の返済額も増加し、さらにキャッシュフローを圧迫する悪循環に陥ります。 |
融資期間 | 銀行はリスクを早期に回収したいため、返済期間を短く設定しようとします。これにより、月々の返済負担がさらに重くなる可能性があります。 |
担保・保証人 | 融資の安全性を高めるため、不動産などの追加担保や、より強力な連帯保証人を求められるケースが増えます。 |
融資額 | 希望した金額から減額されて融資が実行される「減額回答」となる可能性が高まります。必要な資金を確保できず、事業計画に支障をきたすことも考えられます。 |
これらの条件悪化は、企業の資金繰りをさらに苦しくさせ、経営の柔軟性を奪うことにつながります。
倒産リスクが高いと見なされる
債務償還年数が15年、20年と極端に長くなっている状態は、外部環境のわずかな変化にも耐えられない、極めて脆弱な財務体質であることのシグナルと見なされます。これは、金融機関だけでなく、取引先からの信用にも影響を及ぼしかねません。
具体的には、以下のようなリスクが顕在化します。
- 資金繰りの悪化:売上のわずかな減少や、原材料費の急な高騰といった予期せぬ事態が発生した際に、それを吸収するだけの財務的な体力がありません。すぐに資金繰りがショートし、経営危機に直面するリスクが非常に高くなります。
- 信用の低下:銀行からの評価が低いという事実は、企業の信用情報にも影響します。与信管理を厳格に行う取引先からは、支払いサイト(手形や掛金の支払期日)の短縮を求められたり、最悪の場合、取引を停止されたりする可能性もゼロではありません。
- 経営の自由度の喪失:銀行は、融資先の経営状況を継続的に監視(モニタリング)しています。債務償還年数が長い企業に対しては、より厳しい管理体制が敷かれ、詳細な経営改善計画の提出や、四半期ごとの業況報告などが義務付けられることがあります。これにより、経営者は銀行の意向を無視した意思決定がしにくくなり、経営の自由度が著しく低下します。
実際に、多くの倒産企業は、倒産前に債務償還年数をはじめとする各種財務指標が著しく悪化している傾向が見られます。この指標は、企業の「健康診断」における危険信号であり、放置すれば経営の根幹を揺るがす事態につながることを、経営者は強く認識しておく必要があります。
債務償還年数を改善し短縮するための5つのポイント
債務償還年数が長いと評価された場合でも、諦める必要はありません。経営努力によって指標を改善し、財務体質を強化することは十分に可能です。ここでは、債務償還年数を短縮するための具体的な5つのポイントを解説します。これらは、銀行からの評価を高めるだけでなく、企業の持続的な成長にも不可欠な要素です。
ポイント1 収益性を高めてキャッシュフローを増やす
債務償還年数を改善するための最も本質的で効果的な方法は、事業の収益性を高め、キャッシュフローを増やすことです。計算式の分母である「簡易キャッシュフロー(経常利益+減価償却費)」を大きくすることで、年数は直接的に短縮されます。
具体的な取り組みとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 売上高の向上:既存顧客へのアップセル・クロスセル、新規顧客の開拓、価格戦略の見直し、付加価値の高い新商品・サービスの開発など、事業の根幹となる売上を増やす努力が求められます。
- 売上総利益(粗利率)の改善:原価の見直し、仕入先の交渉による仕入価格の低減、生産プロセスの効率化による製造原価の削減など、利益の源泉である粗利率を高める施策も重要です。
小手先のテクニックではなく、事業そのものの稼ぐ力を強化することが、財務基盤を安定させ、債務償還年数を改善する王道と言えるでしょう。
ポイント2 不要な資産を売却して有利子負債を圧縮する
次に、計算式の分子である「有利子負債」を直接減らすアプローチです。事業活動に直接貢献していない不要な資産(非事業用資産や遊休資産)を売却し、その売却代金を借入金の返済に充てることで、有利子負債を圧縮します。
この方法は、即効性が高く、短期間で債務償還年数を大きく改善できる可能性があります。対象となる資産の例は以下の通りです。
- 長期間使用していない機械や設備
- 事業に使われていない土地や建物(遊休不動産)
- 過剰な在庫や滞留在庫
- リゾート会員権やゴルフ会員権
- 事業上の関連性が低い投資有価証券や政策保有株式
これらの資産を保有し続けることは、固定資産税や管理コストの負担にも繋がります。定期的に資産内容を棚卸しし、不要なものを現金化して負債の返済に充てる「アセットスリム化」は、財務体質改善の有効な手段です。
ポイント3 経費を見直して利益率を向上させる
ポイント1の収益性向上と関連しますが、こちらはコスト削減の側面からキャッシュフローの最大化を目指すアプローチです。販売費及び一般管理費(販管費)を中心に、聖域なき経費の見直しを行うことで利益率を高め、経常利益を増加させます。
経費削減は、売上向上策に比べて成果が出やすく、即効性のある利益改善策です。ただし、将来の成長に必要な投資まで削ってしまわないよう、慎重な判断が求められます。
経費の種類 | 具体的な見直し例 |
---|---|
固定費 |
|
変動費 |
|
一つ一つの削減額は小さくても、全社的に取り組むことで大きな利益改善に繋がります。
ポイント4 借入金の返済計画を最適化する
現在抱えている借入金そのものを見直すことも、財務改善において重要です。特に、支払利息は営業外費用として経常利益を圧迫するため、金利負担を軽減することはキャッシュフローの改善に直結します。
主な方法が「借り換え(リファイナンス)」です。現在よりも低金利の融資に乗り換えることで、総返済額と毎月の利息負担を軽減できます。会社の業績が改善しているタイミングや、低金利の局面では、より有利な条件での借り換えが可能な場合があります。
また、複数の金融機関からの借入がある場合は、それらを一本化することで返済管理が容易になり、金利交渉もしやすくなるメリットがあります。現在の借入条件が最適かどうかを定期的に確認し、必要に応じて金融機関に相談してみましょう。
ポイント5 運転資金を適切に管理する
運転資金(売上債権+棚卸資産-仕入債務)が過大になると、それを賄うために余分な借入が必要となり、有利子負債が増加する原因となります。運転資金を効率的に管理することは、無駄な借入を減らし、債務償還年数を改善するために不可欠です。
運転資金の効率化は、自己資金で事業を回す「資金繰り力」を高めることと同義です。CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)などの指標も活用しながら、以下の点を見直しましょう。
運転資金の構成要素 | 改善アプローチ |
---|---|
売上債権(売掛金など) | 入金サイトの短縮交渉、請求書発行から入金確認までの迅速化、ファクタリングの活用検討 |
棚卸資産(在庫) | 需要予測の精度向上、適正在庫基準の設定、滞留在庫・不動在庫の早期処分 |
仕入債務(買掛金など) | 支払サイトの延長交渉(取引先との良好な関係を維持しつつ) |
これらの改善活動は、財務体質の強化に繋がり、金融機関からの信頼を高める重要な取り組みです。自社の経営状況に合わせて、できるところから着手していくことが大切です。より具体的な計画策定については、中小企業庁が推進する「経営改善計画策定支援事業」などの専門家派遣サービスを利用するのも一つの手です。
債務償還年数に関するよくある質問
ここでは、債務償還年数に関して経営者の皆様から寄せられることの多い質問にお答えします。具体的なケースでの考え方や、他の財務指標との関連性を理解することで、より深く自社の財務状況を把握しましょう。
赤字決算の場合の計算はどうなりますか
赤字決算の場合、債務償還年数の計算は注意が必要です。計算式の分母となる「簡易キャッシュフロー(経常利益+減価償却費)」がどうなるかによって、解釈が大きく変わります。
まず、経常利益が赤字であっても、減価償却費の金額が赤字額を上回っていれば、簡易キャッシュフローはプラスとなり、債務償還年数を計算すること自体は可能です。例えば、経常損失が-200万円でも、減価償却費が300万円計上されていれば、簡易キャッシュフローは100万円となり、計算上の返済原資は確保できていると見なされます。
しかし、赤字額が減価償却費を上回ってしまうと、簡易キャッシュフローがマイナスになります。この場合、計算結果もマイナスとなり、実質的に「計算不能」な状態を意味します。これは、事業活動を通じて借入金を返済するためのキャッシュフローを生み出せていない、非常に危険な状態です。金融機関からは、「事業を継続するほどキャッシュが社外に流出している」と判断され、融資審査において極めて厳しい評価を受けることになります。単年度の赤字であれば、その理由(先行投資など)を合理的に説明できれば挽回の余地はありますが、複数年にわたってこの状態が続くと、倒産リスクが非常に高いと見なされ、追加融資は絶望的となるでしょう。
個人事業主でも債務償還年数は重要ですか
はい、法人だけでなく個人事業主にとっても債務償還年数は非常に重要です。日本政策金融公庫からの創業融資や事業資金融資、あるいは信用保証協会を利用した制度融資など、個人事業主が資金調達を行う際には、法人と同様に返済能力を厳しく審査されます。
個人事業主の場合、確定申告書の「青色申告決算書」をもとに債務償還年数が計算されます。
- 有利子負債:事業用の借入金残高
- 簡易キャッシュフロー:所得金額(青色申告特別控除前)+減価償却費
上記の項目で簡易的に計算され、返済能力が評価されます。特に個人事業主は、事業資金と生活資金の区別が曖昧になりがちです。そのため、金融機関は「事業で生み出したキャッシュから、本当に借入金を返済し続けられるのか」という点を法人以上にシビアに見る傾向があります。事業計画書を作成する際も、この債務償還年数を意識し、「何年で返済可能か」という具体的な数値目標を盛り込むことで、計画の説得力を高めることができます。
債務償還年数以外に銀行が見る財務指標は何ですか
銀行は、債務償還年数という「返済能力」の指標だけで融資判断をすることはありません。企業の経営状態を多角的に評価するため、安全性、収益性などを示す複数の財務指標を総合的にチェックします。債務償還年数と合わせて見ておきたい、代表的な財務指標は以下の通りです。
財務指標 | 見られるポイント | 計算式 | 目安 |
---|---|---|---|
自己資本比率 | 企業の財務的な安定性・健全性。高いほど倒産しにくいと評価される。 | 自己資本 ÷ 総資本 × 100% | 30%以上が理想。最低でも10%は維持したい。 |
流動比率 | 1年以内に返済すべき負債(流動負債)に対して、現金化しやすい資産(流動資産)がどれだけあるか。短期的な支払い能力を示す。 | 流動資産 ÷ 流動負債 × 100% | 150%以上が理想。100%を下回ると資金繰りが厳しいと見なされる。 |
売上高経常利益率 | 企業の本来の収益力。本業の儲けに、営業外の損益(受取利息や支払利息など)を加味した利益が売上高の何%を占めるかを示す。 | 経常利益 ÷ 売上高 × 100% | 業種によるが、まずは黒字であることが大前提。5%以上を目指したい。 |
インタレスト・カバレッジ・レシオ | 事業で生み出した利益が、借入金の利息をどの程度上回っているかを示す指標。金融費用の支払い能力を測る。 | (営業利益+受取利息配当金)÷ 支払利息 | 最低でも2倍以上。10倍以上あると非常に安全と評価される。 |
これらの指標は互いに連動しています。例えば、収益性(売上高経常利益率)が改善すれば、キャッシュフローが増加し、債務償還年数は短縮されます。また、利益が蓄積されれば自己資本が増え、自己資本比率も向上します。銀行は、これらの指標をパズルのピースのように組み合わせ、企業の総合的な信用力を判断しているのです。債務償還年数だけでなく、これらの指標も意識した経営を心がけることが、良好な銀行関係を築く上で不可欠です。
より詳細な財務指標については、中小企業庁が公開している情報も参考になります。自社の業種平均と比較してみるのも良いでしょう。
参考: 中小企業庁:中小企業の経営指標
まとめ
債務償還年数は、銀行が企業の返済能力を判断する上で重視する重要な財務指標です。この年数が短いほど財務の健全性が高いと評価され、一般的に10年以内が安全圏とされています。10年を下回ることで、新規融資や有利な条件での借入が期待できます。本記事で解説した計算方法で現状を把握し、収益性向上や資産圧縮といった改善策に取り組み、安定した企業経営を目指しましょう。