かつて事業拡大を目指し法人化したものの、経済状況の変化、事業規模の縮小、あるいは経営戦略の転換など、様々な理由から法人運営が困難になる局面を迎えることがあります。
そのような状況下では、必ずしも廃業という道を選ぶ必要はなく、「会社休眠」という形で一旦事業活動を停止し、個人事業主として再スタートを切るということも可能です。
今回は、法人を休眠させて個人事業主に戻ることのメリットと注意点、そして事業を再び軌道に乗せるための視点について、税理士の立場から解説していきます。
このページの目次
会社休眠という一時停止 – 廃業とのコスト比較
法人を維持していくことが難しくなった場合、事業を完全に終わらせる「廃業」という手段の他に、「休眠」という形で法人格を残しつつ事業活動を停止させる方法があります。
①会社休眠
法人格は存続させたまま、事業活動を一時的に停止する手続きです。
税務署や法務局への届出を行うことで、事業活動は停止しますが、法人は法的に存在し続けます。
※個人事業主の場合、「休眠」という法的な概念はありませんが、税務署に「異動届出書」を提出して「休業」という手続きを取ることになります。
②廃業
法人格そのものを消滅させる手続きです。
解散決議、清算手続き、解散登記など、複雑な手続きと費用を伴います。
休眠は、将来的に事業を再開する可能性を残したい場合や、法人格そのものに何らかの価値が残っている場合に、廃業よりも比較的少ないコストで現状維持を図れる手段と言えます。
※個人事業主の場合も「廃業」という手続きが発生しますが、法人よりも手続きは簡易的でコストもかかりません。
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法人から個人事業主へ転身するメリット – スケールダウンという戦略
法人から個人事業主へ事業の規模を縮小して運営することには、以下のようなメリットが考えられます。
①社会保険料の負担軽減
法人の役員報酬には、健康保険や厚生年金といった社会保険の加入義務が発生し、会社と個人の双方に保険料の負担が生じます。
個人事業主には原則としてこの義務がないため、社会保険料の負担を大幅に削減できます。
これは、固定費の削減に繋がり、経営の安定化に寄与します。
②法人税等の税負担軽減
法人には、利益に対して法人税、法人住民税、法人事業税などが課税されます。
たとえ赤字であっても、法人住民税の均等割という形で税負担が発生します。
個人事業主の場合、課税されるのは所得税と住民税であり、事業規模が縮小した場合、法人よりも税負担が軽くなる可能性があります。
③登記不要でプライバシーが守られる
法人から個人事業になると、代表者の自宅住所が登記簿から消え、公開されなくなります。
個人事業主は事務所を移転しても、税務署への届出だけで済み、法務局への登記や費用は不要です。
また、代表者や役員の変更登記(役員変更登記、任期満了による再任登記など)といった、煩雑な手続きもなくなります。
つまり、プライバシーが守られやすくなり、住所変更などの手続きの手間とコストが大幅に減るということです。
④事務作業の簡略化と時間の有効活用
法人運営には、複雑な会計処理、税務申告、社会保険の手続きなどが伴いますが、個人事業主に戻ることで、これらの事務作業が大幅に簡略化されます。
これにより、経営者は本来の事業活動に注力する時間を増やすことができます。
⑤迅速な意思決定と柔軟な対応
法人では、重要な意思決定を行う際に株主総会や取締役会の承認が必要となる場合があります。
しかし個人事業主は自身の判断で迅速に経営判断を下し、変化する市場や状況に柔軟に対応することができます。
⑥事業規模に見合った運営体制
事業規模が縮小した場合、無理に法人格を維持し、それに伴うコストを負担するよりも、個人事業主として身軽に運営する方が、コスト効率の面で合理的となる場合があります。
⑦事業継続の可能性
法人運営が困難になった場合でも、個人事業主として事業を継続することで、顧客やノウハウを維持し、将来的な再成長の足がかりとすることができます。
法人から個人事業主へ転身する際の注意点
法人から個人事業主へ移行する際には、以下の点に注意が必要です。
①法人維持の一手間とコスト
会社を休眠させた場合でも、法人格は存続しているため、毎年の税務申告(休眠届の提出後も、一定の申告義務が発生する場合があります)や、法人の維持費(登録免許税など)が必要最小限かかることがあります。
完全に廃業する場合と比較するとコストは抑えられますが、法人の維持費が発生することは念頭に置く必要があります。
②決算・申告義務の継続
会社が休眠状態であっても、法人格が残されている間は原則として毎年の決算と税務申告の義務は残ります。
この手間とコストは、個人事業主には発生しないため、比較検討が必要です。
③取引先からの信用問題
法人としての実績や信用力があった場合、個人事業主に戻ることで取引先からの信用が低下する可能性があります。
特に、法人格を前提とした取引条件となっている場合は、事前に取引先に丁寧に状況を説明し、理解を得る努力が必要です。
④一般的にはネガティブに見られるケースが多い
社会的な印象として、法人から個人事業主への転身は、「法人を維持できなくなった」というような、事業の縮小や失敗と捉えられる可能性があります。
特に、対外的な信用を重視する事業においては、慎重な判断と説明が求められます。
⑤事業の再立ち上げの準備が必要
将来的に法人での事業を再開する可能性がある場合でも、休眠期間中に事業に関する知識や顧客との関係性が薄れてしまうリスクがあります。
再開を見据えるのであれば、情報収集や関係維持など、相応の準備が必要となります。
⑥許認可の引き継ぎについて確認する
法人で取得していた事業に必要な許認可は、個人事業主としてそのまま引き継げない場合があります。
個人事業として改めて許認可を取得する必要があるかどうかを関係機関に確認する必要があります。
⑦債権・債務の承継の準備
法人名義で保有していた債権や債務を、個人事業主としてどのように引き継ぐのかを明確にする必要があります。
場合によっては、法人間での事業譲渡などの法的手続きが必要になることがあります。
⑧会社時代の事業の継続は計画的に
法人で行っていた事業をそのまま個人事業として継続することは、法的には可能です。
ただし、取引先との契約名義の変更、許認可の再取得、事業に必要な資産の移転など、様々な手続きが必要になります。
スムーズな移行のためには、計画的な準備が不可欠です。
⑨会計処理の分離
法人と個人事業主では、会計処理のルールが異なります。
法人時代の会計と、個人事業としての会計は明確に分離して管理する必要があります。
法人休眠中の会計処理と、個人事業としての会計処理を混同しないように注意が必要です。
生き残るための戦略 – 柔軟な事業形態の選択
事業を取り巻く環境は常に変化します。
法人化は成長戦略の一つですが、状況によっては、個人事業主として事業の規模を調整し、コストを削減しながら生き残ることも賢明な戦略と言えます。
特に今の時代は、「規模をミニマムに大きく稼ぐ」というスタイルがトレンドでもあります。
大切なのは、「法人・個人事業」という形式に固執するのではなく、事業の実態に合わせて柔軟に事業形態を選択することです。
税理士からのアドバイス
法人から個人事業主への転身は、事業の継続という観点からは有効な選択肢となりえますが、税務、法務、そして事業運営上の様々な側面を慎重に検討する必要があります。
- 現状の財務状況、事業規模、将来的な展望を総合的に分析する。
- 法人を休眠させるコストと、個人事業主として運営するメリット・デメリットを詳細に比較検討する。
- 取引先との関係性を維持するための対策を事前に検討する。
- 会社時代の事業を個人事業で継続する場合の手続きを確認し、計画的に進める。
- 法人と個人事業主の会計を明確に分離して管理する方法を確立する。
- 税理士や弁護士などの専門家に相談し、法的な手続きや税務上の影響について具体的なアドバイスを受ける。
専門家は、お一人お一人の状況を丁寧にヒアリングし、最適な事業形態への移行をサポートいたします。
一人で安易な判断をしてしまう前に、ぜひ一度ご相談ください。
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