起業家や経営者の方と話していると、「年商◯億円を目指しています!」といった言葉をよく耳にします。
たしかに、事業の規模を示す「年商」は、ビジネスの勢いを測る指標として注目されがちです。しかし、実は事業を継続し、成長させていく上で本当に大切なのは、年商以上に「利益」なのです。
今回は、なぜ年商だけでは判断できないのか、そして利益の真の価値について、数字を交えてわかりやすく解説します。
このページの目次
年商1億円のイメージと実態:なぜ利益が重要なのか?
「年商1億円」と聞くと、「すごい!」「お金持ちだ!」といった華やかなイメージを持つかもしれません。
しかし、一概にそうとは言えません。
なぜなら、年商の価値は、事業の業界やビジネスモデルによって大きく異なるからです。
少し極端な例にはなりますが、数字で説明します。
ある会社が、1つ990万円で商品を仕入れ、それを1,000万円で販売するとします。
この取引を10回繰り返せば、年間の売上、つまり年商は1億円になります。
確かに年商は1億円です。
しかし、この場合の利益はどうでしょうか?
10回の取引で得られる粗利益は、 (1,000万円 – 990万円) × 10回 = 100万円
年商1億円に対して、手元に残る利益はわずか100万円です。
これでは、従業員の給与(人件費)やオフィスの家賃、広告費といった事業運営に必要な様々な経費をまかなうことすら難しいでしょう。
このように、年商が大きくても、その裏にある「仕入れにかかる費用」や「事業の性質」によっては、手元に残るお金が非常に少ないという現実があります。
年商だけを見て「儲かっている」「ビジネスがうまくいっている」と判断するのは危険なのです。
「年商1億」は業界によって大きく違う
ここでは、弁護士事務所と工事会社を例にして比較してみましょう。
弁護士事務所の年商1億円と工事会社の年商1億円は、その意味合いと実態が大きく異なります。
原価と粗利率
弁護士事務所
サービスの提供が主なため、原価の大部分は人件費となります。
事務所の家賃、消耗品費などもかかりますが、売上に対する原価率は比較的低く、粗利率は高い傾向にあります。
例えば、年商1億円であれば、粗利もかなり高い金額になることが多いです。
工事会社
材料費、外注費、重機費用、燃料費など、工事にかかる直接的な原価が非常に大きいです。
売上が上がれば上がるほど原価も連動して大きくなるため、粗利率は弁護士事務所に比べて低い傾向にあります。
年商1億円でも、粗利はそれほど大きくないということがよくあります。
利益構造
弁護士事務所
粗利が高い分、年商1億円であれば、営業利益や経常利益も比較的大きい金額になりやすいです。
工事会社
粗利が低い分、年商1億円でも、そこからさらに販管費(事務所経費、人件費など)を差し引くと、最終的な利益は弁護士事務所よりも少なくなることが一般的です。
事業規模と人員構成
弁護士事務所
年商1億円を達成するのに、必ずしも大人数を抱える必要はありません。
少数の優秀な弁護士と補助スタッフで回している事務所も多いです。
工事会社
年商1億円規模となると、現場作業員、管理職、営業、事務など、ある程度の大人員が必要となる場合が多いです。
キャッシュフロー
弁護士事務所
顧問料など継続的な収入が多いため、比較的安定したキャッシュフローが期待できます。
工事会社
工事の請負契約によるため、工事の進捗や入金サイトによってキャッシュフローが変動しやすいです。
大規模な工事では先行投資も必要になります。
年商1億円達成の難易度
一般的には、弁護士事務所の方が年商1億円を達成する難易度は、工事会社と比較して「高い」と感じられることが多いでしょう。
弁護士事務所
年商1億円を目指すには、かなりの数の顧問先や高額なスポット案件(訴訟や交渉案件など)を継続的に獲得する必要があります。
工事会社
一件あたりの工事単価が数百万~数億円と高額になることが珍しくありません。
大規模な公共工事や企業からの受注があれば、数件の受注で年商1億円を超えることも可能です。
結論として、同じ「年商1億円」でも、その内容は大きく違います。
弁護士事務所の1億円は、達成の難易度は高いものの、より利益率が高く、比較的安定した経営状態を示唆している可能性が高いです。
一方、工事会社の1億円は、売上規模としては大きいものの、原価が高く、利益を出すためにはより効率的な運営が求められる状況と言えます。
それぞれの業種における「年商1億円」の重みは、全く異なるということです。
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年商とは?利益率計算で違いを明確に!
ここで、改めて「年商」と「利益」の違い、そして利益の健全性を測る「利益率計算」について整理しましょう。
年商とは?
一定期間の事業活動を通じて得た売上金額の合計を指します。
顧客から受け取ったお金の総額で、事業の規模や活動量を表します。
利益とは?
年商から、商品やサービスの仕入れにかかった費用、人件費、家賃、広告費などのあらゆる費用を差し引いた後に残るお金を指します。
この利益が、事業の真の「儲け」となります。
利益率とは?
利益が年商に占める割合を示す指標です。
利益率 (%) = (利益 ÷ 年商) × 100
この数字が高いほど、効率的に利益を生み出している健全な経営状態であると言えます。
先ほどの例では、利益率はわずか1%(100万円 ÷ 1億円× 100)となります。
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利益こそが事業の生命線!その価値は数字以上に大きい
では、なぜ年商よりも利益が重要なのでしょうか。
それは、あらゆる事業活動に必要な資金が、全て「利益」から生み出されているからです。
事業の継続・成長の源泉
従業員の給与、オフィスの家賃、新たな設備投資、広告宣伝費、そして納税まで、事業を運営し、さらに成長させていくための資金はすべて利益から捻出されます。
利益がなければ、資金繰りがショートし、やがて事業を継続できなくなってしまいます。
会社の自己資本を強化
稼いだ利益の一部を社内に蓄積することで、会社の自己資本が厚くなります。
これは、金融機関からの融資を受けやすくしたり、不測の事態に備えたりするための重要な体力となります。
リスクへの対応力向上
経済の変動、市場の変化、予期せぬトラブルなど、ビジネスには常にリスクがつきものです。
十分な利益が出ていれば、こうしたリスクに柔軟に対応することができます。
利益10万円の価値は10万円ではない?
もし、あなたの事業で「あと10万円利益を増やしたい」と考えたとします。
この10万円は、ただ単に10万円分売り上げを増やせば良いということではありません。
なぜなら、先ほど説明したように、事業を運営するには様々な費用がかかるからです。
例えば、あなたの事業の利益率が5%だったとしましょう。
この5%の利益率で10万円の利益を稼ぐには、単純計算で200万円(10万円 ÷ 0.05)の売上が必要になります。
つまり、もし粗悪な管理体制で無駄な仕入れが増え、利益が10万円減ってしまったとすれば、それを取り戻すためには200万円分の売上を新たに生み出す努力が必要になる、ということです。
このように、利益の1万円、10万円の重みは、年商とは比較にならないほど大きいのです。
利益を意識した経営は、売上だけを追うよりもはるかに効率的で、持続可能な事業成長に直結します。
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黒字なのに現金がない!?資金繰りに欠かせないキャッシュフロー計算書とは
最後に
年商は確かに事業の「顔」となる数字ですが、その裏にある「利益」こそが、事業の健全性、成長力、そして将来性を測る真のバロメーターです。
売上を追いかけるだけでなく、利益率を意識し、効率的に利益を生み出す経営こそが、激しい競争を勝ち抜き、事業を長く継続させる秘訣です。
ご自身の事業の利益状況がどうなっているか、最適な経営戦略は何か、迷った際はぜひ税理士にご相談ください。
数字のプロとして、あなたの事業の「利益を最大化する」ための具体的なアドバイスをいたします。