役員報酬の下げすぎに潜むデメリット!傷病手当金・年金受給額への深刻な影響を計算で解説

「役員報酬を低く抑えれば節税になる!」

そう考えて、できるだけ報酬を下げようとする経営者は少なくありません。

たしかに所得税や社会保険料の負担は下がります。しかし、見落とされがちなのが社会保障への影響です。

病気やけがで働けなくなったとき、老後の年金を受け取るとき、役員報酬を下げすぎた代償は、節税額をはるかに上回る損失になることがあります。

この記事では、ひとり社長・スタートアップ経営者が陥りやすい役員報酬を下げすぎることでのデメリットを、傷病手当金と年金受給額の計算とともに具体的に解説します。

役員報酬の決め方の基本手順(株主総会・定期同額・3か月ルールなど)については、以下の記事で詳しく解説しています。

本記事は役員報酬の決め方のうち、「金額をどう判断するか」という視点に絞った内容です。

このページの目次

1. 役員報酬を下げることで得られるメリット

本題に入る前に、役員報酬を低く設定することで得られるメリットも整理しておきます。

「下げすぎはよくない」という話をするためにも、まずメリットを正しく理解しておくことが大切です。

個人の所得税・住民税が下がる

役員報酬は個人の給与所得として課税されます。

報酬額が下がれば課税所得も下がり、所得税・住民税の負担が軽くなります。

累進課税のため、報酬が高い人ほどこの節税効果は大きくなります。

社会保険料の個人・会社負担が減る

社会保険料は役員報酬の額(標準報酬月額)に応じて決まります。

報酬を下げれば、個人負担分だけでなく会社が折半で負担する分(法定福利費)も減るため、会社全体のコスト削減につながります。

会社にキャッシュが残りやすくなる

役員報酬は毎月の固定支出です。

これを抑えることで会社のキャッシュフローに余裕が生まれ、設備投資や運転資金に回しやすくなります。

特に創業期は売上が不安定なため、この観点から報酬を低く設定する経営者は多くいます。

2. 役員報酬の下げすぎは大きなデメリットになる

メリットがある一方で、役員報酬の決め方を誤って必要以上に下げることには大きなリスクが伴います。

特に見落とされがちなのが、社会保障の給付額が報酬額に連動して決まるという仕組みです。

節税のために報酬を下げた結果、万が一のときの傷病手当金が激減したり、老後に受け取れる年金額が大幅に減ったりするケースが実際に起きています。

「年間数万円の節税」と引き換えに「数百万円の社会保障を失う」そんな事態を避けるために、次のふたつのリスクを必ず理解しておいてください。

3.役員報酬を下げすぎると傷病手当金が激減する

役員も働けなくなれば傷病手当金を受け取れる

「傷病手当金は従業員のもの」と思っている経営者もいますが、それは誤りです。

健康保険(協会けんぽや健康保険組合)の被保険者であれば、役員も傷病手当金を受け取ることができます。

受給の主な条件は以下のとおりです。

  • 業務外の病気やけがで療養中であること
  • 仕事に就けない状態であること
  • 連続して3日間仕事を休んでいること(待期期間)
  • 4日目以降、実際に給与(役員報酬)の支払いがないか、支払い額が傷病手当金より少ないこと

ただし、役員報酬の水準によっては傷病手当金を受け取れないケースもあります。

この点についてはこの後詳しく解説します。

●参照:協会けんぽ 傷病手当金

標準報酬月額が低いともらえる傷病手当金も少なくなる

傷病手当金の支給額は、以下の計算式で求められます。

支給日額 = 標準報酬月額※ ÷ 30 × 2/3

※支給開始日以前の継続した12ヶ月間で各月の標準月額の平均

ここで重要なのが「標準報酬月額」です。

これは実際の役員報酬額をもとに決定される数値で、報酬が低ければ標準報酬月額も低くなり、傷病手当金も少なくなります。

以下の表で、役員報酬額による傷病手当金の差を確認してください。

 
 
 
役員報酬(月額) 標準報酬月額 傷病手当金(日額・概算) 180日受給した場合の総額(概算) 50万円 50万円 約11,111円 約200万円 30万円 30万円 約6,667円 約120万円 15万円 15万円 約3,333円 約60万円 8万円(最低等級) 8.8万円 約1,956円 約35万円
 
 
 

※標準報酬月額の等級区分は協会けんぽの区分に基づく概算です。

●参照:協会けんぽ 令和8年度保険料額表(愛知県版)

長期療養になると傷病手当金だけで「495万円の損失」になる

たとえば、役員報酬を月50万円から月8万円に下げた場合を考えてみましょう。

社会保険料の個人・会社負担を合わせた削減額は月額で概算13万円程度、年間で約160万円になります。

しかし、もし6か月間療養が必要な病気にかかったとしたら、傷病手当金だけで以下の差が生まれます。

  • 月50万円の報酬を維持していた場合の傷病手当金総額:約200万円
  • 月8万円に下げていた場合の傷病手当金総額:約35万円
  • その差額:約165万円

6か月の療養であれば社会保険料の削減額とほぼ同額です。

しかし傷病手当金の支給期間は最長1年6か月。

仮に18か月の長期療養が必要になった場合、その差額は約495万円にまで膨らみます。

社会保険料を何年節約しても、一度の長期療養で取り返しのつかない損失になりかねません。

「自分は健康だから大丈夫」と思っているうちが一番危険です。

万が一に備えた設計をしておくことが、経営者としての自己防衛につながります。

そもそも役員報酬が低すぎると傷病手当金を受け取れない

ここまでは傷病手当金が「少なくなる」リスクを解説してきましたが、実はそれ以前の問題もあります。

役員報酬が極めて低い場合や0円の場合、そもそも社会保険(健康保険・厚生年金)の加入要件を満たせないケースがあります。

その場合は国民健康保険への加入や配偶者の扶養に入る形となり、傷病手当金を受け取る権利自体がなくなります。

つまり「少ない傷病手当金しかもらえない」どころか、「病気になっても一切もらえない」状態で経営を続けることになるのです。

●参照:日本年金機構 適用事業所と被保険者

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4.役員報酬を下げすぎると将来の年金受給額が下がる

厚生年金は報酬額に比例して受給額が決まる仕組み

老齢厚生年金の受給額は、加入期間中の標準報酬月額の平均に比例して計算されます。

つまり、役員報酬が低いほど標準報酬月額も低くなり、将来受け取れる年金も少なくなります。

老齢厚生年金(報酬比例部分)の計算式は以下のとおりです。

年金額 = 平均標準報酬月額 × 5.481/1000 × 加入月数(平成15年4月以降分)

参照:厚生労働省 [年金制度の仕組みと考え方] 第3 公的年金制度の体系(年金給付)

月10万円と月40万円では老後にどれだけ差が出るか

以下は、加入年数20年(240か月)の場合の試算です。

 
 
 
報酬月額 老齢厚生年金(年額・概算) 20年間の累計受給差 40万円 約53万円 基準 20万円 約26万円 約540万円の差 10万円 約13万円 約800万円の差 8万円 約11万円 約840万円の差
 
 
 

※報酬比例部分のみの概算です。基礎年金・加給年金は含みません。実際の受給額はねんきんネットでご確認ください。

●参照:日本年金機構 ねんきんネット

この数字を見ると、報酬月額の差が老後の受給額に与える影響がいかに大きいかがわかります。

年金も節税も、今の数字だけで判断するのはリスクがある

先ほどの試算表をもう一度ご覧ください。
月40万円と月8万円では、老齢厚生年金の年額に約42万円の差があります。20年間の累計では約840万円もの差です。

ただし、この数字だけで「下げすぎが必ず損」とは言い切れません。

理由は2つあります。

ひとつは、年金制度は今後も改定される可能性があり、将来の受給額を現時点で正確に予測することは難しいからです。

もうひとつは、現役中の判断として2つの考え方があるからです。

「今、事業を伸ばせる体力があるうちに税・社会保険料の負担を抑えて手元資金を厚くし、事業投資や生活の安定に回す」

という考え方もあれば、

「今こそ体力的に頑張れるからこそ、多少の負荷を背負ってでも将来の社会保障をしっかり積み上げておく」という考え方もあります。

将来は誰にも確定できません。病気になるかもしれないし、ならないかもしれない。

だからこそ「今、確実にできること」を自分の状況に合わせて選ぶことが重要です。

大切なのは「節税か、社会保障か」という二択で考えないことです。

問題になるのは、こうした多面的な検討をせずに「なんとなく低めに設定した」ケースです。

老後の年金が毎年42万円少なくなる現実、傷病手当金が激減するリスク、融資審査への悪影響。

これらを把握した上で選択するのと、知らずに選択するのとでは、まったく意味が異なります。

役員報酬の決め方に「正解」は一つではありません。

だからこそ、自分の状況を正しく把握した上で、トータルで判断することが重要なのです。

老後の年金受給額が下がるリスクを踏まえた上で、厚生年金だけに頼らない備えを検討することも重要です。小規模企業共済やiDeCoなど、ひとり社長・個人事業主が活用できる老後対策の選択肢については、以下の記事で詳しく解説しています。

明日突然必要になるかもしれない障害年金のリスク

「どうせ年金なんてもらえないでしょ。」

そう思っている経営者も少なくないかもしれません。

たしかに老齢年金の将来についてはさまざまな議論があります。

しかし、年金のお世話になるのは何も老後からとは限りません。

現役のまさに今、病気やけがで重い障害が残ってしまった場合に受け取れるのが障害年金です。

障害年金は老後ではなく、働き盛りの現役中に突然必要になる可能性があるという点で、老齢年金とは性質が大きく異なります。

厚生年金の被保険者であれば、万が一障害を負った際に障害厚生年金を受け取ることができます。

そしてこの受給額も、老齢厚生年金と同様に標準報酬月額をもとに計算されます。

つまり役員報酬を下げすぎると、老後だけでなく現役中の万が一の保障まで同時に薄くなるのです。

●参照:日本年金機構 障害厚生年金の受給要件・請求時期・年金額

なお障害年金の制度は非常に複雑で、受給要件・等級の判定・申請手続きなど、個別の状況によって大きく異なります。

詳しくは年金専門の社会保険労務士にご相談いただくか、お近くの年金事務所にお問い合わせください。

●参照:日本年金機構 全国の相談・手続き窓口

今の節税だけで決めず、自分にとっての最適解を選ぶ

ここまで紹介したものはあくまでモデルケースです。

実際の判断は会社の業績・個人の生活費・家族構成など、さまざまな要素を組み合わせておこなう必要があります。

大切なのは、「今の節税額だけ」を見て役員報酬を決めないことです。

老後の老齢年金・現役中の万が一に備える障害年金・病気やけがで働けなくなったときの傷病手当金。

これらをトータルで考えたとき、はじめて自分にとっての最適な役員報酬額が見えてきます。

「節税になるから低くする」ではなく、「社会保障も含めてトータルで得になる額はいくらか」という視点で役員報酬を設計することが、ひとり社長・スタートアップ経営者にとって本当に大切な考え方です。

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老後の年金額は、今の役員報酬の設定で決まります。

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5. 役員報酬の下げすぎは会社経営にもダメージを与える

役員貸付金が発生し、融資審査に悪影響が出る

役員報酬が生活費を下回ると、不足分を会社から借りる「役員貸付金」が発生しやすくなります。

この役員貸付金が決算書に記載されると、金融機関から「社長が会社を個人の財布として使っている」とみなされ、融資審査で大きなマイナス評価を受けやすくなります。

創業期に融資を検討している方は特に注意が必要です。

会社に利益が残りすぎて法人税が増える

役員報酬は損金(経費)として計上できます。

報酬を下げるということは、損金が減るということ。つまり会社の課税所得が増え、法人税の負担が増加します。

「節税のために役員報酬を下げたのに、法人税が増えた!」
これは決して珍しいことではありません。

個人の税負担と法人の税負担は連動しており、どちらか一方だけを最適化しようとすると全体が崩れることがあります。

6. 役員報酬の決め方「社会保障も守る」4つのステップ

ここまでデメリットを解説してきましたが、「では結局どうすればいいのか」という疑問に答えます。

役員報酬の決め方には、税務だけでなく社会保障の視点を組み込むことが重要です。

STEP1・会社の年間利益を予測して必要な損金額を把握する

まず会社の年間売上・経費を予測し、役員報酬を差し引いた後に残る利益(課税所得)を試算します。

ここで意識したいのが法人税の負担です。

中小法人の軽減税率は課税所得800万円以下で15%、800万円超の部分は23.2%となります。

たとえば役員報酬を低く設定した結果、会社の課税所得が800万円を大きく超えてしまうようであれば、その分だけ法人税の負担が重くなります。

「役員報酬をいくらにすれば会社の課税所得がどの水準に収まるか」を事前に試算しておくことが、最初のステップとして最も重要です。

●参照:国税庁 No.5759 法人税の税率

STEP2・個人の生活に必要な手取り額から逆算する

役員報酬から所得税・住民税・社会保険料を差し引いた「手取り額」が、実際の生活費をまかなえるかを確認します。

たとえば月額20万円の役員報酬に設定した場合、所得税・住民税・社会保険料を差し引くと手取りは概算で15~16万円程度になります。

家賃・食費・光熱費・通信費などの固定費と照らし合わせて、実際の生活が成り立つかどうかを冷静に確認してください。

生活費が手取り額を上回っている場合、前述のとおり役員貸付金が発生するリスクにつながります。生活費をまかなえる水準を最低ラインとして設定することが大切です。

またもう一つ注意したいのが、本来経費にならない生活費を会社の経費として計上してしまうリスクです。

報酬が少ないからといって、プライベートの飲食費・旅行費・日用品などを会社の経費に混ぜてしまうケースが実際にあります。

しかしこれは税務調査で指摘されやすく、経費を否認されたうえに追徴課税が発生するリスクがあります。

「報酬が足りないから経費で補う」という発想は、結果的に会社と個人の両方に深刻なダメージを与えかねません。

報酬額を決める際は、「税引き後の手取りで生活が成り立つか」を必ず確認することを習慣にしてください。

STEP3・「万が一6か月療養」を想定した傷病手当金を計算に入れる

STEP1・2で会社と個人の収支バランスを確認したら、次は「万が一」のリスクに備えた水準を確認します。

本記事で紹介した計算式(標準報酬月額÷30×2/3)を使い、現在検討している役員報酬額で傷病手当金を受け取った場合の日額・月額を試算してください。

まず目安として「6か月間療養が必要になったとき、生活費と会社の固定費(家賃・通信費など)をまかなえるか」という視点で確認することをおすすめします。

この水準を下回るようであれば、社会保障の観点から報酬額の引き上げを検討する余地があります。

なお傷病手当金の支給期間は最長1年6か月です。

長期化した場合の損失はさらに大きくなるため、「6か月乗り越えられれば十分」ではなく、より長期の療養を想定した水準を意識しておくことが理想的です。

節税だけを考えれば報酬は低い方が有利に見えます。

しかし万が一のとき、あなたを守ってくれるのは社会保障です。

その社会保障の水準を自ら下げてしまっていないか、今一度確認してください。

STEP4・税理士とトータルでシミュレーションする

法人税・所得税・社会保険料・傷病手当金・年金受給額――これらすべてを考慮して「トータルで最も有利な報酬額」を導き出すのは、個人の力だけでは難しい作業です。

そこで頼りになるのが税理士です。

税理士はさまざまな業種・規模の会社の顧問を務めており、多くの経営者の役員報酬設定を見てきた実績があります。

「同じような業種・規模の会社ではどのくらいの報酬設定が多いか」「この業績予測ならいくらが適切か」といった、数字だけでは見えない実務感覚を持っているのが強みです。

また創業期は業績の予測自体が難しく、試算の前提が変わりやすいため、一度決めて終わりではなく税理士と定期的にシミュレーションをおこなうことが重要です。

事業の成長に合わせて役員報酬を見直していくことで、節税と社会保障のバランスを常に最適な状態に保つことができます。

「自分の会社の場合はどうすればいいか分からない」という方は、ぜひ一度税理士に相談してみてください。

まとめ|役員報酬の設定は「節税」と「社会保障」のバランスで考える

役員報酬を下げることで税・社会保険料の負担は軽くなります。

しかしその裏側では、傷病手当金・年金・障害年金といった社会保障の給付水準が同時に下がっています。

役員報酬の下げすぎのデメリットを正しく理解した上で、役員報酬の決め方を節税と社会保障の両面からトータルで考えることが不可欠です。

役員報酬の決め方を誤り、節税だけを優先した結果、取り返しのつかない損失につながることがあります。

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※この記事は、2026年9月時点の情報をもとに執筆しております。

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