近年、「マイクロ法人」と「個人事業」を両立させることで、節税効果や事業の柔軟性を高められるという考え方が注目を集めています。
確かに、この「二刀流」には魅力的な側面がある一方で、見過ごせない注意点も存在します。
今回は、税理士の視点から、マイクロ法人と個人事業の両立について、そのメリット・デメリット、そして実際に検討する際の注意点を詳しく解説していきます。
このページの目次
なぜ「マイクロ法人×個人事業」がトレンドなのか?
この組み合わせが注目される背景には、二刀流により以下のメリットがあることが背景にあります。
・効果的な所得分散による節税
・社会保険料の負担軽減
・経費の範囲の拡大
・事業リスクの分離
マイクロ法人と個人事業を両立するメリット
上記のトレンドを踏まえ、具体的なメリットを見ていきましょう。
①所得分散による節税効果
個人事業とは別にマイクロ法人から役員報酬を受け取る形態をとることで、給与所得控除などの税制上のメリットを享受できます。
これにより、個人事業一本の場合よりも所得税・住民税の負担を低く抑えられる可能性があります。
②社会保険料の負担軽減
個人事業主は国民健康保険料を支払いますが、所得によっては非常に高額になります。
マイクロ法人で低い役員報酬(社会保険料が最低ランクになる程度)を設定して、社会保険(健康保険・厚生年金)に加入することで、個人が負担する月々の社会保険料を大幅に低く抑えることが可能です。
個人事業の所得があっても、国民健康保険ではなく、マイクロ法人で加入した健康保険が適用されるため、高額な国民健康保険料の負担を回避でき、国民年金に加えて厚生年金にも加入できます。
③経費計上の柔軟性
法人では、自宅兼事務所の家賃や、生命保険料、出張費など、個人事業では一部または全額が経費として認められにくい費用でも、事業に関連性があれば経費として計上できる場合があります。
④対外的な信用力の向上
法人登記を行うことで、個人事業よりも対外的な信用力が高まる場合があります。
金融機関からの融資や、取引先との契約において有利に働く可能性があります。
⑤事業リスクの分離
法人と個人事業を分けることで、それぞれの事業におけるリスクを分離する効果が期待できます。
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マイクロ法人と個人事業を両立するデメリット・注意点
多くのメリットがある一方で、両立には以下のようなデメリットや注意点も存在します。
①設立・維持コストの発生
法人設立には、登録免許税や定款認証手数料などの費用がかかります。
また、設立後も、法人住民税の均等割(赤字でも発生)、社会保険料(役員報酬を支払う場合)など、個人事業にはない維持コストが発生します。
②事務作業の煩雑化
法人になると、会計処理、税務申告、社会保険の手続きなどが個人事業よりも複雑になります。
専門家のサポートが必要になる場合が多く、その分のコストも考慮しなければなりません。
③社会保険への加入義務
法人の役員(一定の要件を満たす場合)は、原則として社会保険(健康保険・厚生年金)に加入する義務が生じます。
これにより、個人の社会保険料と合わせて法人負担分も考慮する必要があります。
④消費税の課税事業者となる可能性
消費税の免税期間後、法人の課税売上が一定額を超えると、消費税の納税義務が発生します。
また、個人事業と法人の課税売上が合算されて課税事業者となる場合もあります。
⑤税務署からの監視の強化
あまりにも不自然な所得分散や、消費税の免税期間のみを目的とした法人の設立は、税務署から否認されるリスクがあります。
事業の実態を伴わない形式的な法人設立は避けるべきです。
マイクロ法人と個人事業を両立する注意点
マイクロ法人と個人事業では「明確に区分された事業活動の実態」が必要です。
法人と個人は法律上・税務上「別人格」として明確に区別し、それぞれの事業活動が独立して行われている必要があります。
区別されていない場合、行政や税務署から「税金逃れのために個人と法人を分けている」と判断されてしまいます。
OKな例
・個人事業でWebデザインを請け負い、マイクロ法人ではECサイトを利用した物販事業を行う
・個人事業でライター業、マイクロ法人で不動産賃貸業を行う
NGまたはリスクが高い例
・全く同じ業務内容を、特に理由なく個人と法人で恣意的に振り分けている。
・実質的には一体の事業なのに、形式的に法人を作って所得を分散しているだけと見なされる場合
実態がどうであるかが最も重要である
税務署は、形式だけでなく実質を見て判断します。
もし「実質的に一つの事業を、単に税金や社会保険料を安くするためだけに形だけ分けている」と判断された場合、法人の存在や取引が否認され、追徴課税などのペナルティを受けるリスクがあります。
①事業の実態の確保
マイクロ法人はペーパーカンパニーではなく、実際に事業活動を行っている実態が不可欠です。
定款に記載された事業を行い、契約、請求、売上計上などを法人として適切に行う必要があります。
②経理・資金管理の完全な分離
個人事業の財布と法人の財布は絶対に混ぜてはいけません。
それぞれ別の銀行口座を開設し、帳簿も完全に分けて管理します。
個人的な支出を法人の経費にしたり、その逆を行ったりすることは厳禁です(公私混同の禁止)。
③個人・法人間取引の適正性
もし個人事業とマイクロ法人の間で業務委託などの取引を行う場合は、その取引自体に正当な理由があり、かつ、取引価格(委託料など)が第三者間取引と同等の「適正価格」であることが非常に重要です。
不当に高額な価格設定で利益を法人に移すことは、租税回避行為と見なされるリスクがあります。
契約書や請求書などの証憑書類もきちんと残す必要があります。
④役員報酬額の妥当性と設定手続き
社会保険料を抑えるために役員報酬を低く設定する場合でも、その金額が法人の役員として行う業務内容や業務量に対して、社会通念上、妥当な範囲内である必要があります。
また、役員報酬は原則として事業年度を通じて同額(定期同額給与)とし、株主総会(合同会社の場合は社員総会)の議事録など、決定した根拠を残しておく必要があります。
最後に 税理士からのアドバイス
マイクロ法人と個人事業の「二刀流」は、状況によっては有効な節税・事業戦略となり得ますが、安易な導入はリスクを伴います。
- ご自身の所得状況や事業規模を慎重に分析する。
- 法人設立・維持にかかるコストを正確に把握する。
- 税制のメリットだけでなく、デメリットや事務負担も考慮する。
- 事業の実態を伴った法人運営を行う。
- 必ず税理士に相談し、専門的なアドバイスを受ける。
税理士は、個々の状況に合わせて最適なスキームを検討し、税務上のリスクを最小限に抑えるためのサポートをいたします。
トレンドに流されることなく、ご自身の事業にとって本当にメリットがあるのかどうかを慎重に見極めることが重要です。
マイクロ法人と個人事業の「二刀流」を検討されている方は、ぜひご相談ください。
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