経営者として「頑張っている従業員の給与を上げてあげたい」という気持ちは非常に大切ですが、昇給は慎重に行う必要があります。
なぜなら従業員の給与「上げ方」ひとつで会社の財務負担は大きく変わるからです。
月給(基本給)を上げるのと、ボーナス(賞与)で報いるのでは、どちらが会社にとって賢い選択なのでしょうか。
税務と労務の観点から、知っておくべき「隠れたコスト」を整理します。
このページの目次
1. 基本給アップに潜む「雪だるま式」のコスト増
基本給のベースアップは、従業員にとって最も嬉しい形ですが、会社にとっては「固定費」が永続的に増えることを意味します。
さらに、額面以上のコストが以下の形で膨らみます。
① 「残業代」の単価が連動して上がる
残業代は「1時間あたりの基礎賃金」を元に計算されます。
基本給を上げれば、1時間あたりの単価も当然上がります。
残業が多い職場の場合、基本給の数千円のアップが、年間で見ると予想以上の人件費膨張を招く原因となります。
② 「社会保険料」の会社負担が毎月増える
社会保険料は、毎月の給与額(標準報酬月額)に基づいて決まります。
基本給を上げ、一定のライン(等級)を超えると、会社が折半して負担する社会保険料(法定福利費)も毎月確実に増えていきます。
これは、一度上げると業績が悪くなっても簡単には下げられない「固定的なコスト」となります。
2. ボーナス(賞与)を厚くする経営上のメリット
「上げるなら基本給かボーナス、どちらが良いか」という問いに対して、会社の財務的な柔軟性を優先するなら、答えは「ボーナス」です。
業績連動ができる(変動費化)
基本給は一度上げると下げるのが法的に非常に困難(不利益変更の禁止)ですが、ボーナスは業績に応じて支給額を調整できます。
「利益が出たときに還元する」という仕組みにできるため、経営のリスクを抑えられます。
残業代に影響しない
ボーナスをいくら高くしても、毎月の残業代の計算単価には影響しません。
社会保険料の効率性
社会保険料には月ごとの上限や、賞与における上限額の設定があります。
年収が同じであれば、月給を高くするよりも、ボーナス比率を高くした方が社会保険料の総額を抑えられるケースがあります。
3. 【比較表】経営へのインパクトの違い
| 比較項目 | 基本給アップ | ボーナス(賞与) |
| コストの性質 | 固定費(減らしにくい) | 変動費(調整可能) |
| 残業代単価 | 上がる | 変わらない |
| 社会保険料 | 毎月確実に増える | 支給時のみ(上限あり) |
| 採用・定着 | 非常に強い(住宅ローン等に有利) | やや弱い(変動するため) |
4. 従業員のモチベーションをどう維持するか?
会社にとってメリットが多い「ボーナス重視」の体系ですが、一歩間違えると従業員の意欲を著しく削ぎ、離職を招くリスクがあります。
経営上のメリットと、従業員の満足度をどこで着地させるべきか、その「落とし所」を考えます。
従業員の不安:「頑張っても報われない」の正体
基本給のアップ(ベースアップ)は、一度上がれば「来月もその次ももらえる」という強い安心感に直結します。
住宅ローンの審査や将来の生活設計においても、不安定なボーナスより「高い基本給」が信頼されるのが現実です。
一方で、ボーナスを主軸にすると、従業員には次のような心理的負担が生じがちです。
不透明感:「結局、会社のさじ加減で決まるのではないか」という疑念
無力感: 「個人の頑張りより、外部環境や業績で決まってしまう」というあきらめ
これらが重なると、「どうせ頑張っても……」というモチベーションの低下を招きます。
解決策:従業員の納得感を高める「給与設計」3つのポイント
固定費(基本給)を抑えつつ、従業員のやる気を最大化するためには、「還元のルール」を言語化・数値化し、不透明感をなくすことが不可欠です。
①基本給は「世間相場」を死守する
まずは「生活を支えるベース」としての基本給が、近隣の同業種と比較して見劣りしない水準であることが大前提です。
ここが崩れていると、どんなに高いボーナスを提示しても不安が勝ってしまいます。
②インセンティブの「計算式」を公開する
個人の成果がどうボーナスに反映されるか、計算式を透明にします。
「〇〇円の売上・貢献に対して〇%還元」と明確にすることで、ボーナスが「会社の都合」ではなく「自分の成果」に変わります。
③決算賞与の「利益分配ルール」を決める
「営業利益が〇〇円を超えたら、その一部を全社員に一律分配する」といったルールをあらかじめ共有します。
会社が儲かれば自分も必ずトクをする、という連帯感を生む仕組みです。
基本給で「安心感(世間相場)」を担保しつつ、プラスアルファの還元は「決算賞与」や「インセンティブ」で報いる。
この固定費と変動費のバランスをあらかじめ設計しておくことが、会社と従業員の双方が納得できる唯一の道です。
まとめ:昇給を決める前にシミュレーションを
「たかが5,000円の昇給」と思っても、社会保険料の会社負担分や残業代の増加分を含めると、実際の支出はそれ以上に膨らみます。
また、従業員の昇給も大切ですが、実は「最初の給与設定」こそが最も重要です。
入り口の金額を何となくで決めてしまうと、その後の昇給ルールが歪み、将来的な人件費の爆発を招きかねません。
採用時の給与を決める段階から、数年後の昇給までを見据えた明確なルール作りが必要です。
昇給や賞与の配分を検討される際は、「1年後、3年後のキャッシュフローにどう響くか」を一度数字で確認しておくべきです。
当事務所では、貴社の現在の給与体系に基づき、「基本給アップ vs ボーナス」のコストシミュレーションを承っております。
経営を圧迫せず、かつ従業員に喜ばれる還元方法を、社会保険労務士や税理士といった専門家とともに、一歩先まで考えていきましょう。
山本聡一郎税理士事務所 代表税理士。1982年7月生まれ。名古屋市中区錦(伏見駅から徒歩3分)にてMBA経営学修士の知識を活かして、創業支援に特化した税理士事務所を運営。クラウド会計 Freeeに特化し、税務以外にも資金調達、小規模事業化持続化補助金などの補助金支援に力を入れている。
